「兄貴がね〜、ハロウィンねぇ〜」 運転席でニヤニヤ笑いながら、ナツメがハンドルを切っている。 「とこはるがねぇ〜」 かん高い声で嬉しそうにはしゃいでいるのは冬来だ。 だが、今日のアイツは後部座席でチャイルドシートに縛りつけられているので、俺の敵ではない。 ざまぁないな。 と、俺は助手席からバックミラーで冬来を一瞥した。 「俺がハロウィンを気にしたら、何か問題でもあるのか?」 銀座和光を出てから、ナツメたちがずっとこの調子なので、さすがに俺は痺れを切らした。 「だって兄貴、ハロウィンとかクリスマスとか、大っ嫌いじゃん?」 「別に嫌いなわけじゃない。企業にとっては戦略を練る一大チャンスだ。 だが一般の人間が無宗教のくせに大騒ぎして、商戦に踊らされるのが憐れと言っているだけだ」 「いや、だからね、それですよ。ハロウィンとかバカにしてるのに何で今年に限って? わざわざ銀座くんだりまで出かけて、お菓子なんか買っちゃってるのかな〜とね」 あいかわらずニヤニヤ笑いながらそう言うナツメは、答えを知っているかのようだ。 俺がムキになればなるほど、こいつは嬉しがるだろう。 よって、俺はつとめて平静に答えた。 「がハロウィンをやりたいって言うからな」 というのは、今年結婚した俺の妻だ。 実は政略結婚で、最初のところは情もなく結婚した相手である。 だがは面白い女で、俺は自分が想像していた以上に、今の生活にうまくハマってしまった。 「あぁ。おねーさんがねぇ」 「一ヶ月も前から、カボチャのランタンだか何だかを用意して張り切ってる……。 俺が乗ってやらないのも、憐れだろ?」 「そーですか」 いまだ含み笑いをやめないナツメを、俺は横目でにらむ。 「何か言いたげだな」 「べっつに〜」 「……」 軽く舌打ちをしながら、パワーウィンドウを開けた。 高速の夜風が熱い頬を打つ。 心休まる自宅に近づいていた。 ◇◇◇ 「たっだいま〜!!」 主の俺より先に明るく凱旋したのは、ナツメだった。 「おい!」 すかさず俺はヤツの背中に蹴りを入れる。 「げふっ」 「おかえりなさ〜い」 はで、何事もなかったかのようにナツメの帰宅をねぎらっている。 こいつにも後で仕置きが必要だ。 「ちゃん、ちゃん、とりっくおあとりーと!」 冬来は早速、子供戦法でに取り入っている。 どうなることかと見守っていると、は待ってましたと言わんばかりの笑顔になった。 「ちょっと待っててね、冬来くん。今日は冬来くんが来るって聞いてたから、張り切っちゃったの。 カボチャのケーキ焼いたから、食べていってね」 「あーすいません、おねえさん」 「いいんですよ〜。ナツメさんも食べていってくださいね」 「是非是非、いただきますー!」 ナツメのヤツ……。いや、この親子だ。 取り入るのがうますぎる。 普段ならがスーツを脱がせてくれるが、今日はこんな状況なのでそういうわけにもいかない。 俺は一人でスーツを脱ぎ、ハンガーにかけた。 別に子供のように、何から何までやってほしいと訴えるつもりはないが、 にスーツを脱がせてもらう時間は、俺たち夫婦にとって、いや少なくとも俺にとっては…… 一日の労苦を洗い流すオアシスのような時間だったのに。 やや不満の態で俺は席についた。 はあらかじめ温めておいたカップに紅茶を注いでいる。 なかなか用意周到な一面もあったものだ。客人が来ているので張り切っているのだろう。 俺だけの前で……といかないのがやはり、やや不満ではあるが……。 頬杖をつき、がてきぱき動く様子を目で追う。自然と、口元に笑みがこぼれた。 また新しいがここにいる。 それを見つめる自分自身も、こんなに心穏やかになっているのは新しい感覚だ。 が中身をくり抜いたらしいジャック・オ・ランタンは ずいぶんと不細工な顔でテーブルの真ん中に陣取っている。 そのことにも俺は妙な安堵を覚えていた。 ハロウィンは、なかなか悪くない。 |