街路樹の色が秋めいてきた、王金の月。
その最終日が近づいてくるにつれて、カモミイルの街はにわかに慌ただしくなってきた。
それがなぜであるのかを知らず、はいつも通り、
カフェ・リコリスを訪れる客の注文をとり、彼らと談笑し、渋みと甘みの比率がけっして狂わない紅茶をふるまった。
この実情を知ったら、彼女の親友であるラキシスは、きっとかん高くわめいたはずだ。
「遅れてる! ありえないわ!」
裏のカルバドスならもっとうるさく言う。
「欲がないたぁこのことですよ。かきいれ時じゃないですかぃ。 アタシだったらこんな絶好の機会に、いつも通りの商売しませんよ」
だがは不思議に思うばかりだった。
ルーチェが急に、「カーテンをオレンジにしましょう!」と張り切り始めたこと。
普段、ルーチェがいくら張り切っても、それを冷めた目で見るばかりのコロまでもが、 「カボチャもいるよね!」などと目を輝かせ、その中身を一生懸命くり抜いているのだ。
「ねぇ、二人とも、どうしたの?」
昼間の仕事が終わり、静まった店内。
思い切って、は二人に問いかけた。
コロが目を丸くして、「え?」と返す。
「どうしたのって、何が?」
「最近、お店の内装を変え始めたでしょう? どうしてなのかなって。 模様替え? ありがたいけど、カーテンはこの間変えたばかりだし……」
「……」
コロもルーチェも、顔を見合わせ、また目を丸くし、の顔を見返した。
「な、なんなの、二人して。私、おかしなこと言ったかしら……」
「めめめめっそうもありません! さんは決しておかしなことを言ったりはしてませんよ!?」
少し曇ったの表情をいち早く察して、うるさいほどに声を張り上げたのはルーチェだった。
「それじゃあなんなの?」
「7日に祭りがあるんですよ。ハロウィンというらしいです」
「ハロウィン?」
「異国の風習です。お化けが訪ねてくるのに備えて、魔除けのカボチャや、お菓子を用意するんです」
「お菓子も? まるでお化けに訪ねてきてもらいたいみたいね」
「実際に訪ねてくるのは、お化けに扮装した人間ですからね。 『トリックオアトリート』……お菓子を出さなきゃイタズラするぞ! ってお化けが言ってくるんで、 『しょうがないな〜』とか言いつつ、絶品のカボチャパイをお見舞いしてやるっていう一連の様式美を楽しむ行事なんです」
「ふぅん」
よくわかったようなわからないような。
はしばし首をひねって考え、そしてハッと気づいて手を打った。
「それならリコリスでもたくさんお菓子を用意しなきゃ! きっといっぱい子供が訪ねてくるわ」
「そうですね!」
待ってましたと言うように、ルーチェが腕をまくった。
カボチャのクッキー、パイ、プリン……。どれもカフェのメニューとしては気が抜けない顔ぶれである。 店ごと参加できるような祭りというのがには非常に気に入ったらしい。 ハロウィンまでの数日間、リコリスの三人はここぞとばかりに腕を振るった。
◇ ◆ ◇
そしてハロウィン当日――。
ありていに言えば、大盛況、だった。
昼のメニューで出したカボチャの冷製スープやクリームパスタは飛ぶように売れたし、 夜は夜でカモミイル中の子供が訪れたのではないかというほどたくさんのお化けがやってきて、 前日に必死で焼いたクッキーは跡形もなく持って行かれた。
「す、すごかったですね、さん。それもこれも、さんの作る料理が素晴らし過ぎるせいで……」
「ボク、もうヘトヘトだよ……ハロウィンって子供のためのお祭りって聞いたのに……信心なくなりそう……」
リコリスの従業員二人は、客用のテーブルに突っ伏していた。 彼らの乱れた髪を、カボチャのランタンの明かりが煌々と照らしている。
もまた、カウンター席に座りながら、ぼーっと店のドアを見つめていた。 いつそこから新たな刺客(という名のお化け)が入ってくるか、恐々としていたのである。
が、街はあらかたお化けたちに食いつくされてしまったのだろう。 夕刻のカモミイルに犬の遠吠えがこだまするのを聞きながら、ようやくは立ち上がった。 そして、疲労困憊の二人とは対照的に、朗らかに微笑んだ。
「すごかったわね、ハロウィン! 私、こんなに楽しいお祭りがあるなんて知らなかったわ。 もちろん、お客さんがいっぱい来てくれて、お金もいーっぱい落としていってくれたのも嬉しかったけど」
茶目っ気をたっぷり含ませて俗な欲望を語ってみせるに、コロは眉をしかめた。
「まだそんな冗談飛ばせる元気があるのか。尊敬するよ」
この少年の皮肉はいつものことなのである。は気にしたそぶりもなく続けた。
「ひとつ残念なのは、私たちはお菓子を食べられないってことよね。 あんなに一生懸命焼いたクッキーだって一枚も残ってないんだもの。私もお化けがやりたかったな」
「「えっ!?」」
コロとルーチェの声が重なる。
「二人もそう思わなかった? だってお化けに変装するなんて楽しそう……」
「子供だましの祭りだろ。ボクはあんな風にはしゃぎまわるのはゴメンだね」
彼こそ子供であり、子供を喜ばせるのを得意としていながら、コロは興味なさげに言い放った。
その隣では、が何かのツボを押したのだろう、ルーチェが感動で瞳を輝かせている。
「お化け……!! オレ、さんがお化けなら、お菓子だろうがディナーだろうが何でもささげますよ! でも、正直イタズラされるのも捨てがたいです……いやっ、でも、もう何でもいいです!! さんみたいな可愛いお化けだったらきっとイタズラとかも可愛くってこのこのーみたいなあはは」
それぞれまったく違う反応の男二人だが、はどちらに冷たい顔をすることもなく、 かといってほころんだ顔も見せず、ただ口元だけに微笑みを浮かべ、二人を交互に見やる。
そして、何かを決めたように深くうなずいた。
「決めた。私、お化けになってお菓子をもらってくるわ!」
「「えええぇぇぇっ!?」」
先ほどよりも大きな驚きが重なった。
こうなったを止められないことは、コロもルーチェもよく知っている。
「さん! ど、どこかアテでもあるんですか!?」
心配そうなルーチェの顔を振り返って、は微笑んだ。
カモミイル王城なら、誰かがお菓子をくれるはずでしょ?
ファンテンのアジトならお化けみたいのがいっぱいいるよね
オリガさんのお店でオトナのクッキーをもらうのだ
宿屋のクッキーがおいしいと聞いたことがあったかな
アテはないけど、コロちゃん、一緒に来てくれる?
カルバドスのお店なら何でもあるでしょ
アテはないから、ルーチェ、一緒に来て
ラキシスがきっとお菓子作って待っててくれるから
|